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王と王妃

 

「いつか どこかの遠い世界に

 

黄金のたてがみをもった動物が治める 

自由の王国がありました

 

愛の力で光にあふれ 

薔薇が咲きみだれる王国がありました

 

 

あるとき 別の大きな力がやってきて

光はうばわれ 薔薇は枯れはて 

王国は封印されました

 

 

王は自らの魂の 

永遠の牢獄とひきかえに

何千年のちの夏至の、王妃と民 

すなわち王国の復活を 

魔法として残し

永き眠りにつきました

 

 

それを知らず王妃は 

自らの魂の永遠の牢獄とひきかえに

何千年のちの夏至の、王と民 

 

すなわち王国の復活を 

魔法として残し

永き眠りについたのです

 

 

 

王と王妃が、

お互いと王国にかけた魔法は

何千年も眠り続け 

しかしずっと生きていました

 

 

いま 時がきて 

お互いの魔法により

ふたりの魂は自由に

そして 

ここに王国が復活しようとしています・・・」

 

 

 

 

これは、

Aurea magic candlesが2014年の夏至に行った、

"王国の復活"というテーマでの個展の際につくった物語でした。

 

 

不思議なのだけれど、

今年以降につながるリンクだったような気が、

今になってしています。

 

 

新しい時代への変わり目は、

日をまたいでずっと雨が降っていて。

 

 

その雨は、ジャンプして飛び込んだ新しい「時」を定着させて、

「世界」にしてゆくような水。

そんな感じがしました。

 

 

 

退位礼正殿の儀をネットで見ていたのですが、

感じたことは。

 

こんなに、天皇陛下という、

大きな王様、大きな男性性、

にいつも守られて、愛されていた、

ということへの、あらためて大きな感謝の気持ちでした。

 

 

その佇まいや、お話になっていること、

皇后陛下へむけられる眼差しや、

何もかもすべてが、

 

 

わたしが意識のどこかでいつも知っている、

揺るぎない本物の王様、

という感じがしたのでした。

(それに、やっと、本当に気づいたというか。)

 

 

 

大きな、「男性性」というもの、

本来の"「王」性"。

(そんな言葉はないと思いますが)

王の器、王の威厳、みたいなもの。

Kingshipと言えばいいのか?正しいのかわかりませんが。

 

 

日本の象徴、であるように、

その大きな男性性、本来の、

大きく強く、広い愛であるという象徴でもあるのだろうと。

 

 

今回の、天皇陛下の退位、という出来事は、

両陛下から、

ほんとうの "「王」性”と”「王妃」性"を見せてもらったこと。

 

そして、本当の 愛であること、

祈りや慈愛、は何にも脅かされない、

強く確かなものなのだという、

 

わたしの世界には、そういう「現れ」でした。

 

 

 

そして、それらは、

他の「男性性」として、

わたしの世界に「現れている」

全てに瞬時に反映され、影響があったのだろう 

と感じました。

 

 

 

本来の、愛、という状態は、

他の何にも、どんな強大な力にも、

影響を受けない。

 

 

例えば、皇室 と、もうひとつの 力。

ふたつの力に、片方側からみてVSの関係性があったのだとしても。

 

 

もっとも強いものは 愛。

 

そしてそれは、絶対的で、

いついかなる時も変わらない、

恒久的なもの。

 

 

たとえ、「別の大きな力」が敵対してやってきても、

その「別の大きな力」が自らをどれほど強大なものに見せていようとも、

例え、相対するものを操ろうとしてこようとも。

 

 

本来の、

本当の、もっとも強い愛である、

「王」にはまったく影響がない。

「王」はただ笑って、

何者も相手にもしないというか、

何者も王の相手には、なれないのだと。

 

 

 

 

 

わたしが、2014年の個展で、

上に書いたちいさな物語のかけらをふまえて、

実際にその場所であらわしたかったのは、

 

 

「王国に帰ってきた王は誰より強く、広い愛を、

帰ってきた王妃は誰より優しく、深い愛を、もっていたこと。

そして、その王国、に帰ってきた王と王妃、は、

自分自身、あなた自身であったということ」 でした。

 

 

 

本当の、"「王」性"とは、

ひとりのひとの中で、王と王妃のふたりが、

完全にバランス、結婚したときに発揮されるものだと。

 

その時、そのひとの本当の世界ができあがる。

そのひとが、世界、になる。

王国が還ってくる。

そこが王国、自分が王国であったことに気づく。

そして、そこからすべてが始まる。

 

 

 

 

ひとりのひとの中にいる

「王」は、強くて、とても広い愛であって。

そして、本当の意味での"「王」性"は

純粋性を伴うので、大概において、

完全に成熟し老成した判断力をもちつつも、

少年のように自らに破天荒。

 

 

「王妃」は、優しくて、とても深い愛であって。

こちらも、本当の意味での"「王妃」性"は

純粋性が不可欠なので、大概において、

完全に成熟し、「清濁併せ吞む」ようにすべてを受け入れつつも、

「清」に対して、「清」であることに、

少女のように一切の疑いがない。

 

 

そんなことを感じながら、

新しい時代をむかえました。

 

 

 

とめどなく書いてしまいましたが、

 

どうやらAureaの王国も、

復活が間近なようです。

 

おかえりなさいと、ただいま。

 

 

"There is your Kingdom,

The place where you are,

Where the magic begins."

 

 

 

 

 

 

Relight your fire

大切なのは、

表面上の安心、でも、便利さ、でもなく

本物、かどうか。

 

 

知らぬうちに刷り込まれていたこと。

植え付けられていたもの。

 

いつの間にかすり替えられていた、まがいもの。

 

意図して、「野性」が人間から抜かれるように、

日々の生活の中に紛れ込ませてあったもの。

 

 

電子たばこや オール電化。

IHで温めた水には、火の波動が入っていない。

 

それを体に入れ続けることで、どんなことが起こる?

生活から 少しずつ消されてゆく「炎」。

 

 

炎、を目にしない生活は、一体、

肉体をもつ私たちの中のどんな領域を支配していたか。

 

 

それぞれの生命の中に「知性」と「野性」が共存するときには、

「可能性」しかないはず。

 

もしも、地球上の全員がそうであったなら?

 

誰 がそれに怯えていた?

 

 

 

表面上の安心、でも、便利さ、でもなく。

「本当」かどうか。

大切なのはそれだけ。

 

 

大丈夫、それさえあれば、

ちゃんと、懐かしく美しい未来に 帰りつくよ。

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