目的を目的としない

 

何年か前の話なのだけれど、

あるひとが、

 

 

"あなたの作品はたくさんの人を救って、たくさんの人を繋いでくれている"

というような内容の言葉をかけられたとき。

 

「ありがとう、でも純粋につくれなくなってしまうから、

あんまりそういう事を言わないでおいて」

というように答えていました。

 

 

それを聞いていたその時は、

芸術家の言葉だなあ、と思っただけで、深く考えなかったけれど。

きっともしかしたら、その意味は
 

 

「結果そうなるのはうれしいけど、

自分の中に少しでも気負いだとか、

余計なものが出てしまうと、いいものができなくなる

(光をのせられなくなる、届けられなくなってしまう)から、

ほんの少しでも、そんな目的を意識の中に入れたくない、

だから、うれしいけれどあまり聞かせないでおいて」

 

 

と、いう、本当に痛いほどストイックで透明な思いだったのだな。
 

 

明らかに、本当に多くのひとに光を届けているひとであるし、
かけられた感謝の言葉のとおり、多くの人を救って繋いでいるし、

私には、魂の目的はただただそれ、に感じられるひとなのだけれど。

 

 

 

決してそれを役目だと思ったりとか、 目的にしたくない、

ただ素敵なものをつくるだけ、

というその気持ちがとても透明で、

そのことを思うと、言葉の出ないような気持ちになる。

 

 

 

ジャンルは全く違うけれど、

きっと全く同じことを思い、実践している、

やはり多くのひとに光を届けるひとがいて。
 

そのひとも、いつも、ただ透明でいたい、自分は空間、それだけと言っている。

 

 

愛の世界、光の世界をほんとうに知っているからこその、

かなしみや寂しさを持ったまま、

その世界をここに取り戻すために働いているひとたち。

 

 

 

ほんとうにそれが確固たる魂の目的であるからこそ、

それをこの場所での目的だなんて、

言わないというか、目的にする必要もないというか。

 

 

少しでもそれが目的だと言ったり、思ったりすることで、

自分の中に、

誰にもわからないかすかな濁りが出ることをすごくわかっている。
 

 

そして、自分のその微かな濁りが、

宇宙にどれだけの大きな影響を及ぼすかも、

きっと魂でものすごく知っている。

 

 

だからいつも、彼らはなにかギリギリのところで、なんとか保ってる。

なんというか、人間であることをギリギリ保っているというか。


それはとても大変なことだろうと思う。
決して、彼も彼女も、そうとは見せないけれど。


 

よく、こんなひとたちが、

この場所で生きていてくれているなぁ、

と、いつも思います。

 

 

彼らだけではなく、わたしのまわりにはそういうひとたち、

たくさんいるけれど、そのふたりは全く別物であるというか。なんというか。
 

 

ふたりとも、普段は一見優しく儚げな姿で、自然でほんわかしているのだけど、

それぞれ、そのお仕事をしている時は巡らせているものが、ものすごく速い。

恐いほど、あまりに速いエネルギーで的確で、静かな白い嵐のよう。


お仕事は全く別ジャンルだし、

そのふたりはお互い面識があるわけではないのだけれど、

ふたりとも、わたしがとても尊敬しているひとです。

 

 

 

 

愛も祈りも光も、だまって、迅速に、常に。

というか、存在しているだけで、

ほんとうに、誰もみんな愛で光で祈りなんだな。

 

 

本当にたぶん、それだけでいい。

 

 

大すきなふたりには遠く及ばなくとも、

ただただ、自分の中の水を澄ませることに集中して、

深いところまで見渡しながら、

わたしも、自分の道をゆっくりと進みたいです。

受け入れて、明け渡して、愛して、歩いてゆきたいです。

 



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